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介護を考える07.恋愛・セックス

「障害者の恋愛事情から考える、介護する側―介護される側の境界線」
佐々木誠(映像ディレクター・映画監督)

 昨年、『バリアフリーコミュニケーション 僕たちはセックスしないの!?できないの!?』(フジテレビ「NONFIX」)という番組を制作しました。身体障害者のセクシャリティに関する支援を行っているNPO法人「ノアール」の理事長、熊篠慶彦さん(45歳/痙直型脳性麻痺)の活動を描くと共に、様々な障害を持つ方たちのリアルな恋愛、リアルな性に迫ったドキュメンタリー作品です。
「ノアール」の活動の主なものは、風俗店のバリアフリー化の推進、障害者の性に関する情報提供、重度障害者でも自己使用が可能な性具の開発などで、さらに熊篠さん自らアダルトビデオを制作、出演までしています。
「セックスさせろ!」と声高に訴える、そんな活動をなぜ10年以上も続けているのか? 「当たり前の権利が当たり前とされていないから。それを誰かが訴えないといけないから自分がやっているだけ」という熊篠さんの活動に、リリー・フランキーさんはじめ多くの著名人も賛同し、イベント出演など全面的に協力しています。
「障害者の性」が一般的にタブー視されていると感じたので、そのことを熊篠さんに聞いたことがあります。
「そういうこと話したらマズいんだろうなっていうのが“タブー”であって、そもそも『障害者』と『性的な欲求』っていうのはほとんどの人がまだ結びついていない。だから僕の実感としては、まだタブーですらない。タブーになるまで活動を続けるしかないと思っている」という答えが返ってきました。
当事者がまだ「タブーですらない」と感じている問題。いわゆる健常者のほとんどが感じてもいないであろう、その「当たり前」の権利が「当たり前」とされていない世界とは、どんなものなのか?
番組で取材させていただいた、まさに今現在、「障害者の恋愛」「障害者の性」と対峙している方たちをご紹介したいと思います。

障害者の恋愛と性、その一例

〈ケース1〉
 千葉県で社会福祉士をしている鬼山功さん(39歳)がボランティアで主催している、年に一回だけの障害者同士のお見合いパーティがあります。このパーティは2007年から開催されていて、身体障害、精神障害などを抱える男女約25人ずつが参加しています。「以前、自分が訪問介護をしていた男性の身体障害の方に、出会いがないから誰か女性を紹介してくれないか、と相談されたことがきっかけでこのパーティをはじめました。年々、参加希望者も増えています」と鬼山さんは語ってくれました。
 自己紹介タイム、フリータイムなど約3時間のイベント中、参加者ほとんどの方が積極的に動き、かなり盛りあがっていました。この日をずっと心待ちにしていたという、県外から数時間かけて参加している身体障害の方が「精神障害の人の方が見た目が良いから有利だよなぁ。でも負けないよ!」と言いながら、笑顔で果敢に猛アタックをしているのがとても印象的でした。
 パーティのスタッフは全てボランティアで、普段は福祉関係の仕事をしている方たちを中心に数多く参加されていました。その中で江ヶ崎健雄さん(31歳/先天性多発性関節拘縮症)は自身が障害者でありながら、ボランティアスタッフとして関わっていました。
 パーティに参加するのではなく、なぜスタッフ側に?と聞くと、「以前交際していた人はいたけど、今は自分のことで精一杯なので特にパートナーを求めていないのです。障害を持つ人間が恋愛することは、出会いも含めて(健常者の人たちに比べて)圧倒的にハードルが高い。そういった自分が今まで悩んだり経験したことを踏まえてサポートしたい、という気持ちが強くて今回スタッフとして参加しました」と語ってくれた江ヶ崎さん。
 そんな江ヶ崎さんが「初体験」したのは20代前半の時。相手は健常者の交際相手だった。「(障害者として生まれてきた)自分がまさかセックスできるなんて想像もしていなかったから、すごく非日常な体験だった」と語ってくれた江ヶ崎さんに私は、初めてセックスするとき障害を持っていたから困難ではなかったですか?と思わずぶしつけな質問をしてしまったのですが、「そりゃ健常者の人も同じじゃないですか? だって初めてのセックスって、誰でも大変じゃないですか! 」と彼は明るく笑って答えてくれました。
 また取材に応じてくれた女性のMさん(30代/先天性クリッペルウェーバー)は、自身の経験について「今まで数人の男性と交際してきたけど、(セックスをするとき)自分の外見が良くないので相手がそれを見て大丈夫かと、いつも心配だった。でも、(福祉関係ではない)一般的な会社に勤める健常者の男性と交際した時、彼が全く動じなかったことに癒やされて、それから怖くなくなった。いろいろあって別れてしまったけど、今でも彼には感謝している」と語ってくれました。

〈ケース2〉
 都内で障害を持つ方などの旅行のサポートを主に行っているNPO団体「東京バリアフリーツアーセンター」の理事長、斎藤修さん(57歳)は、元々旅行会社で働いていましたが、10年ほど前、事故によって障害を負ったことがキッカケでこの団体を立ち上げました。依頼を受けたらその方が行きたいと希望する場所や施設に斎藤さん自ら事前に赴き、バリアフリーの調査などを行います。地方から東京に遊びに来る障害を持った方が利用することが多いそうですが、いわゆる「風俗」に行きたい、と相談してくる人もいます。やはり地方の施設に入っている方だと、どうしても「性」に関して不自由な思いをしてしまう現実があります。そもそも東京など大都市以外で障害者を受け入れる風俗店はまだそれほど多くはありません。「だから、1年間一生懸命お金を貯めて、1年に1回だけその楽しみのために東京に来る人もいる。そういった楽しみがあるから生きていける、ということを感じるよ。先日も50代の重度の脳性麻痺の方が6時間かけてひとりで東京に来た。ある意味、命がけの冒険だよね。そして、すごく感動して帰っていった。あとで聞いたら “初体験”だったらしい。こっちも感動したよ!」と斎藤さんは語ってくれました。

〈ケース3〉
 山本翔さん(40代)は元々やっていた介護の仕事で、多くの身体障害者の方と接しているうちにセックスの問題を目の当たりにしました。その体験から“もし、自分が障害を持ったら”と想像し、そうなった場合“楽しめるものが必要”と考え、障害者専門デリヘル「はんどめいど倶楽部」を立ち上げました。
「障害者」といっても当然それぞれの障害、その症状はまったく違うので、それを把握するためにお客さんにはかならず詳細なカルテを書いてもらい、そのカルテを元にお相手する女性と打ち合わせしてからサービスに臨みます。
 働いている女性は、普段介護士をしている方から、一般的な風俗のお仕事をしている方まで様々ですが、ねねさん(20代)は、以前好きになった男性が障害を持っていたことから興味を持ってこの仕事を始めた、と言います。「自分の持っているスキルが障害者の方の役に立てるということにやりがいを感じています。お客さんの喜びが私の喜びです」と語るねねさんは、とてもチャーミングな女性でした。

恋愛、セックスの先。家庭と介護

 番組を制作する前から、私には多くの障害を持った友人がいました。その中で重度の障害を持っていても、健常者の女性と恋愛し結婚、お子さんにも恵まれた、いわゆる“普通の家庭”を築いている人も何人かいました(私が知る限りお子さんは全て健常者でした。また、障害を持つ奥さんと健常者の旦那さんというご夫婦もいました)。配偶者の職業が福祉関係の方も少なからずいて、Kさん(30代/先天性視覚障害)の奥さんもそうなのですが、そのことを人に伝えると、ほとんどの場合「やっぱりそうだよね」という反応をされることに憤っていました。出会いは趣味の活動の場だったからです。
 障害者と健常者とはいえ、その関係はもちろん“夫婦”で、介護する側、される側の関係ではありません。当然、生活する上で手伝うことはあると思います。他人の私ですら、何度か食事やトイレのお手伝いをしたくらいなので、ご家族はおそらく日常的にされているでしょう。それは「介護」なのか、「介助」なのか、「手伝い」なのか。その境界線がどこにあるのか私にはわかりません。私自身はただ“お手伝い”した感覚でした。しかし、私の場合、その行為は日常ではありません。それが毎日続くのが介護であり介助なのかもしれません。当事者と配偶者の場合、当然「愛」があって一緒にいると思うので、その行為の関係性は当人同士にしかわかりませんし、他人が勝手にカテゴライズするものではないと、私は個人的に思っています。
 また、「家族」ではなく「友人」に介護をしてもらっている方も何人かいました。
 中には、自分の好きな音楽が聴けるバーに頻繁に通っていて、そこで気が合い仲良くなった若者を口説き、介護士免許を取ってもらい自分の介護者として雇う、ということを繰り返している方もいました。面白いパターンですが、そういう方も少なからずいらっしゃいます。

「障害者の性」を描き、「境界線」を疑う

 私はいわゆる「障害者」とその「性」を題材にいくつかの映像作品を制作していますが、以前からその題材に興味を持っていたかというと、そういうわけではありません。障害者の知人もいませんでしたし、まったく自分には関係ない世界だと思っていました。
 始まりは、06年に「エイブルアート・オンステージ」(「エイブルアート」というのは日本発の障害者芸術運動の一環で、このプロジェクトはその舞台版)の記録映像を撮ってほしい、という依頼を受けたところからでした。そこで約2カ月間、出演者である障害者の方たちと仕事をしているうちに親しくなって、公演が終わってもよくみんなで一緒に遊びに行くようになりました。その中で、特に仲が良い“親友”(40代/先天性多発性関節拘縮症)もできました。
 ちょうどその時期に私のもとに、〈裸〉をテーマにしたオムニバス映画の企画があるので、その一本を好きな内容で監督しないかという依頼が来ました。“親友”は映画やアートなどに精通していて「なにか一緒にやろう」と以前から話をしていたので、その企画に誘い、彼が出演するので「障害者」、企画自体のお題が〈裸〉なので「セックス」、という単純な発想で、『障害者の性』を軸にした物語を考えました。元々障害を持つ友人たちとの交流が始まってから、一般的な「障害者」=「弱者」というイメージへの疑問や「境界線」を感じていたので、根底にそれを問題提起する作品を目指し、完成しました。それが、身体障害者の性豪と健常者の性的不能者をめぐるドキュメント風の実験映画『マイノリティとセックスに関する2、3の事例』(07)です(後に追加撮影し、15年に『マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画』という長編としても公開しました)。
 この作品は、オムニバスで公開された後、単独の短編映画として、映画館のほかに海外の大学など様々な場所で長い期間上映され続けました。
 そこで私は何度か愕然とする経験をしました。作品を観た後に、障害者に性欲があり、セックスをする、ということに対して驚く人たちが少なからずいたのです。多少は予想していましたが、介護学校に通っている若い学生たちまでもが「考えたこともなかったです」と口を揃えて語った時は耳を疑いました。
「境界線を問う」つもりで制作した作品で、私はさらなる境界線を感じてしまったのです。
 そもそも自分としては、「境界線を問う」ことが念頭にあり、「障害者の性」に関しては、テーマというより“物語のベース”として描いていただけでした。なので、深い思いや考えは当初はありませんでした。しかし上映を続け、その愕然とした体験やそこで出会った当事者、関係者の方たちと作品を軸にディスカッションを重ねたことで、よりこの問題を追求したい気持ちになっていきました。
 そうした経緯があり、冒頭で一部ご紹介した「障害者の性」を主題とした『バリアフリーコミュニケーション』を制作しました。
 やはりオンエアの後、大きな反響をいただきましたが、「障害者のイメージが変わった。観てよかった」というご意見もあれば、「薄っぺらい内容。これがテレビの限界か」といった福祉関係と思われる方からの声もありました。また当事者の方からは「この番組に出ている障害者は恵まれている人たちばかりだから現実的ではない」あるいは「こういうテレビ番組で多くの人に我々の現状を知ってもらえるのは嬉しい」といったご意見も多くいただきました。
 つまり、それぞれ「個人」の立場による考えが浮き彫りになったのです。多角的にご意見をいただいたことは、こうした番組を制作した者として、とても意味のある経験でした。
 自分がこの題材で制作する前は知らなかったのですが、以前から「障害者の性」に関する映像作品はいくつか制作されていました。
 現代美術家・高嶺格さんが制作した『木村さん』は、実際に高嶺さんが介護をされていた、重度身体障害者の木村さんの射精介助を自ら撮影した前衛的なビデオ作品です。
 『木村さん』は国内外で賛否両論を巻き起こし、上映中止になったこともあるそうですが、私は観る機会にめぐまれ、友人A(30代/アテトーゼ型脳性麻痺)のことを思い出しました。
 以前、その手足が不自由なAから「オレ、佐々木くんより性欲は何倍もあると思うよ。なぜって? オナニーできないから溜まるしかないんだよ」と言われたことがあります。性の問題はセックスだけと捉えられがちですが、自慰行為の方がもっと日常的で重要な問題だと思い知らされました。
 またアダルトビデオ界の巨匠、安達かおる監督が約20年前に制作した『ハンディキャップをぶっとばせ!』は、3人の身体障害者が性体験する様子を記録したアダルトビデオです。安達監督が非常に真摯に「障害者の性」に向き合っているのが伝わってくる素晴らしい作品でしたが、日本ビデオ倫理協会から「障害者が出ているから」との理由で審査拒否され、いわゆる“お蔵”になってしまいました。
 なぜこれまで「障害者の性」を“伝える”ことが難しかったのか? それは冒頭にも少し書いた、タブー視に原因の一端があるかもしれません。
「障害者」は「性」に興味を持っていない、または持ってはいけない、という誰が何のために作りだしたかわからない“イメージ”から勝手な規制につながっていたように個人的には思います(その“イメージ”は、「お年寄り」に関しても同じようなことが言えるでしょう)。
 しかし、最近になってようやく『ハンディキャップをぶっとばせ!』が映画館で上映されたり、私が制作した『バリアフリーコミュニケーション』がテレビの地上波で放送されるなど、世間の認識も少しずつですが変わってきている実感はあります。
 今回、執筆させていただいたことはあくまで映像ディレクターとしての私個人の体験、そこから派生した考え方です。正しいか正しくないかはわかりません。私は縁があって障害を持っている多くの方々と知り合い、友人になり、偶然が重なり「障害者の恋愛」「障害者の性」を描くことになりました。障害者の「問題」はもちろん「性」だけではありません。私はたまたまこの題材から問題提起したにすぎません。
 こうやって10年ほどですが障害者の問題に関わらせていただいて思うことは、私を含む健常者は常にマジョリティだと錯覚しているけれど、いつでもマイノリティになる可能性はある、ということです。つまり障害をめぐる様々な問題は人ごとではありません。
 その「当たり前」を意識して、障害や介護をめぐる問題を考えていけば、様々なことがもっと自然にクリアになるのではと、私自身も常に戒めながら思っております。

佐々木誠(ささき・まこと)映像ディレクター・映画監督。主にテレビ番組や音楽P V などを演出。映画『Fragment』(06)、『INNERVISION』(13)、『マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画』(15)を監督する他、CAPCOM『バイオハザード』シリーズのビハインド・ザ・シーンなどの演出、『GOEMON』(08)、『パズル』(14)等の脚本にも関わっている。