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介護を考える09.テクノロジー

「孤独を感じることのない未来を目指して」
吉藤健太朗(ロボットコミュニケーター)

操作する人の分身となり、「会いたい人に会えて、行きたい所へ行き、社会に参加できる」遠隔コミュニケーションロボット、OriHime。ロボットと人ではなく、人と人をつなぐロボットを開発するに至るまでの道のりを、オリィ研究所代表の吉藤健太朗さんにうかがった。

「友だちロボット」から「分身ロボット」へ

 私はもともとはロボットというものにそれほど興味はありませんでした。最初につくっていたのは車椅子です。私自身も車椅子に乗ったり、ボランティアで介助をした経験から、ちょっと近所に出ようとしただけでも、歩道に段差や凸凹が多かったり、障害物にぶつかったりして、すごく不便だなと感じていました。考えてみると、車椅子というものの形は開発当初からほとんど変わっていません。見た目もそんなに良いと思えないし、介助されるときも、後ろから台車で押されているような気分がするので、もっとかっこよくて、かつ安全に走行できる車椅子ができないかと考え、工業高校時代に新しい形の車椅子を発明しました。いろいろなところで発表したりしていたんですが、すると今度は、別の問題が見えてきました。
 街中で車椅子を見かける確率って、歩行者にくらべて本当に低いですよね。実は、車椅子を持っていてもあまり乗らずに部屋の片隅で埃をかぶっていたり、乗ること自体を諦めてしまっている方が多いことに気づいたんです。車椅子はこんなに普及しているのに、使われてないってどうしてだろうと。
 では、なぜ人は車椅子に乗るのかを考えてみると、やっぱり人間らしい営み、つまり社会へ参加したいという思いがあるわけですよね。しかも、それは単純に外出したいとか、買い物がしたいということだけでなく、本質を問うならば、人に会いに行きたいわけです。でも、車椅子があっても外に出て行かない人、行けない人がこんなにたくさんいるということは、気持ちの問題が大きいんです。私も、小中学生の頃に3年半ほど家から出られなかった経験があります。じゃあ、車椅子が必要な人たちにどうやったら精神的な癒やしをつくれるだろうかと考えたとき、初めて「ロボット」というキーワードが出てきたんです。
 ただ、そのとき考えていたのは、OriHimeのような「分身ロボット」ではなく、人工知能を搭載したような自律型のロボットでした。つまり、自分の友だちやペットのようなものをつくれれば、落ち込んだときに愚痴が言えるし、喜んで話を聞いてくれるだろうと思ったんですね。いわば、「友だちロボット」です。私はその研究を真剣にやろうと考えて、香川県にある高等専門学校で本格的に研究をはじめました。時間がかかるかもしれないけれど、人工知能が人を癒やす可能性はあるだろうと。1年ほど研究に取り組んでいたんですが、次第に、やればやるほど何か違うなという感覚に苛まれていきました。
 「ロボットが人を癒やす」というのは、決して悪いことではないのですが、それって本当の意味での癒やしなのだろうか?と思ったのです。本当の意味の癒やしとは何かというと、孤独状態から復帰し、社会に自分が参加していける積極性を得るということです。でも、ロボットが自分の友だちになることで、果たしてそれが可能になるかと考えたら、難しい気がしたんです。むしろ、自分にとって都合のいい友だちがいることによって、他者を必要とせず、余計に引きこもってしまうようになるかもしれない。
 自分のことを振り返ってみると、引きこもっていた状態から社会復帰ができたのは、両親をはじめいろんな人たちの支えがあったからです。趣味のものづくりがきっかけで恩師や友だちに出会い、車椅子を開発して福祉のボランティアをすることで社会とのつながりができていきました。やっぱり、そこで重要なのは「人と会う」ことなんですよ。車椅子をつくって感じるようになった疑問から一周回って、やっぱり人に会いに行かなきゃいけない、人を孤独から救うのは「友だちロボット」じゃないと気づいたんです。そして、「心を運んでくれる車椅子」のようなものをつくれないかと考え、OriHimeの開発につながっていきます。
 OriHimeは「友だちロボット」ではなく、「分身ロボット」です。要するに、私は分身がつくりたかったわけですが、しかし、バイオテクノロジーで外見もそっくりにできていて、細胞を持った生物としてのまったく同じコピーロボットというのは、21世紀の現段階の技術では実現できない。じゃあどうしようか、バイオじゃないなと考えて浮かび上がってきたのが、私が車椅子をつくったときに培っていた機械工学でした。つまり、そっくりな人間のコピーはつくれないけれども、ロボットだったらある程度はできるんじゃないか。具体的には、インターネットという技術を使って、遠隔にあるロボットと私の感覚をつなげることができるんじゃないかと考えたのです。

本人が「そこにいる」という感覚になる

 ところが、多くの人から異口同音に言われたのが、「テレビ電話もスカイプもあるから、そんなの必要ないんじゃない?」ということでした。でもそれは、癒やしを必要としている本人ではなくて、周囲の人たちからの意見でした。「用があったら連絡してくればいいじゃん。寂しかったら電話してくればいい」と言うんですね。でも、電話やテレビ電話というのは、それを通じて人の間に入っていけるかというと、いけないんです。例えば、用がないと電話をかけちゃいけないと思いませんか? でも、学校の休み時間を考えてみると、みんな別に何か用があってそこにいるわけじゃない。次の授業が始まるまでの休み時間だからいるだけで(笑)、誰も特別な目的はないんです。それぞれバラバラなことをして遊んでいるけれども、話しかければ誰かが反応してくれる状態というのは寂しくないんですよ。自分の仲のいいグループで友だちの家に集まったりして、みんなで宿題やろうぜと言って、それぞれ違う勉強をやってたとしても時間を共有している感覚が持てますよね。
 そういう自然な感覚でコミュニケーションするには、テレビ電話では駄目なんです。あくまでそれは電話の時間でしかないから。用があるから、必要だからそれを行うという時間じゃなくて、まったく関係ない「中間」の時間、例えば家でテレビを見る時間だったり、家族団らんの時間にそこに共存できる状態。そういうものが欲しかったんです。しかし病院に入院していたり、単身赴任で家族と離れていたり、老人ホームに入居していると、その「中間の時間」が持てないわけですよね。だからこそ、日常的な「中間の時間」に入っていくための身体=分身が欲しいなと思ったんです。
 自分ではこのアイデアに自信はあったのですが、最初は理解者がいなかったので、OriHimeの開発を始めてから1台目を実際に使ってもらうまでに、かなりの時間がかかりました。結局、病院に頼んで、長期入院している子どもとその家族に使っていただきました。その子は8歳で、無菌室に3カ月ぐらい入院していて、親がマンガやゲーム機をいっぱい持ってくるから遊ぶものはたくさんあるんですが、体も痛むし飽きてしまったのか、特に遊ぶこともしていませんでした。何しろ診察時間以外の1日23時間くらいはひとりぼっちの状態が続いていて、友だちや兄弟も病室に入れないので、人とのふれあいもない状態だったんですね。そこで、OriHimeを1週間だけ使ってみてほしいと家族に貸して、子どもにはパソコンから遠隔操作で動かしてもらったら、とても喜ばれました。「OriHimeの首を動かして、家族と一緒に家のテレビを見たんだ!」とその子が言ってくれたのが、すごく嬉しかったですね。
 しかも印象的だったのは、親御さんが、「しばらく家で一緒に過ごしていると、ロボットが本当に息子に見えてくる」と言ってくれたことです。
 私はディスプレイをあえて頭につけずに、むしろ能面的なデザインにして、その人のイメージを投影できるようにした方がいいと考えていました。ディスプレイをつけてしまうと、確かに相手の顔は見えるんですけど、逆にそれはただの機械になってしまって、距離を感じてしまうんです。患者さんも、自分の弱った顔を見せたくないこともありますし、むしろ私は、元気な頃のその人の顔を想像できるような無機質な形がいいなと考えて、OriHimeを持っている家族からは本人が見えない方がいいと考えたんです。
 スピーカーとマイクは内蔵されているので、声からその人を想像できます。そうすると家族側も息子をロボットに投影するので、部屋にOriHimeが置いてあるだけで、本当に息子が同じ場所にいるような感じがする。しかも頭や腕が動くことによって、テレビ電話とはまったく違う、「そこにいる」という感覚を得られます。人工知能ではないですから、ロボットが動いたということは、必ず向こう側でその子どもが体を動かしているということです。やっぱり動作にその人の意思が反映されていることが重要で、ご家族の方が、「入院してる子だけではなく、家族にとっても精神的な安心感が得られた」と言ってくださいました。それがすごく嬉しくて、間違ってなかったなと確信しました。
 だからある意味、「心の車椅子」というか、その本人はその場にいないんだけれども、本当に会いに来ているような感覚が得られるんですね。体は移動してないけど心は会っているように感じられるから、周りの人たちも本人も同じ時間を共有して、例えば一緒に授業を受けたとか、友だちの結婚式に出たとか、ディズニーランドや海外旅行に行ったという思い出が両者に残るわけです。

被介護者が介護者になることもできる

 今は介護施設や病院など、さまざまな場所で使っていただいています。寝たきりの高齢者の方だったり、外に出られないという方でも、たとえばiPadが使える人であればアプリを入れるだけで操作できますし、使えなくてもヘルパーさんが横について動かしてあげればいいんです。自宅の中を見せてあげるようなレクリエーションもできるし、自分の代わりにOriHimeを連れて行ってもらって遠隔で店内を見て買い物を楽しんでもらうこともできるし、お墓参りに行ったこともありましたね。
 実は、子どもの頃から寝たきり状態にある26歳の男性がいるんですけど、彼は盛岡の病院にずっと入院して、ベッド上で生活をしているんですね。頚椎を損傷しているから首から下は感覚すらなく22年間ずっと寝たきりなんですが、脳は正常に動いていて、パソコンを顎で使ってタイピングもできるんです。そんな彼が、1年半ぐらいOriHimeを使い続けた結果、すごく元気になって、もともと介護される側でありながら、今は逆にOriHimeを使ってほかの被介護者たちに、こういう生き方もあるよということを発信する立場になっています。さらには、最近は自分で会社をつくりたいとまで言うようになったんです。それってすごく大きな成功例だなと思っていて、ある意味、心のリハビリテーションなんですよね。ゆくゆくは、もしかすると一人暮らしのお年寄りとOriHimeでつながって、「おばあちゃん、薬飲んだ?」とか「今日は元気そうだね」とか、介護する側になることもできるんじゃないかと思います。
 寝たきりになってしまった人が、「分身=OriHime」を使うことによって、被介護者から介護者に回ることができ、社会の中で自分の役割を得られる。それって、とても素晴らしいことですよね。これからも、「会いたい人に会え、行きたい所に行けて、社会に参加できる、孤独を感じることのない未来」の実現を目指していきたいと思います。

吉藤健太朗(よしふじ・けんたろう)奈良県生まれ。小学5年〜中学3年まで不登校を経験。奈良県立王寺工業高校にてものづくりの巨匠、久保田憲司に師事。電動車椅子の新機構の発明により、国内最大の科学コンテストJSECで文部科学大臣賞、世界最大の科学コンテストISEFでGrand Award3位を受賞。人工知能を研究した後、早稲田大学にて孤独解消を目的とした分身ロボットの研究開発に独自のアプローチで取り組み、研究室の立ち上げ、産学連携室最年少メンバーなどを経て、2012年株式会社オリィ研究所を設立。青年版国民栄誉賞「人間力大賞」、スタンフォード大学E-bootCamp日本代表などに選ばれる。